GMOファンの株主優待ブログ 新着投資|生活|社会 メール

武田勝頼が滅亡したのは、信玄が原因。

2013/04/18 【歴史】

【武田勝頼が滅亡した通説】

  1. 上杉家の跡目争い「御館の乱」へ拙く介入して、北条家との同盟が破綻。
  2. 急に跡継ぎに決まったので、家臣団の支持が固まっていなかった。
  3. 出兵に見合った領土を獲得できず、甲州金も枯渇していた。

武田勝頼の評価は低い。だが、武田家の滅亡した原因を作ったのは、武田信玄であると思う。当主が急死した今川家との同盟を破棄して領土を奪った。その時に反対した嫡男義信を自害させている。

毛利元就も謀略的な方法で領土を拡大したが、可能な限り「道理に反しない方法」を辛抱強く用いた。「毛利家の事を良く思っている者は居ないので、日頃から自分の振る舞いに気を付けよ」と遺言している。

武田信玄は「人は石垣、人は城」と言っている。だが、斜陽になった武田家を見限った者が続出した。それは武田勝頼だけの責任とは思えないのである。

【歴史 のカテゴリ】